酒造好適米のはなし(2)

「雄町」について

 

 1859年(安政6年)備前の国(現在の岡山市)の御持ちに住む岸本甚造が旅先で珍しい品種の米に遭遇しました。

彼はこれを2穂譲り受け、雄町に帰って早速栽培します。

1866年、この新種に「二本草」と名付けたところ、雄町に良い酒米があると評判になり、瞬く間に岡山県南部一帯が大生産地となりました。

 米の名もいつしか「雄町」と呼ばれるようになったほどです。

 

「雄町」は大粒で心白(米の核)が大きく軟質で、昭和初期には、品評会で上位入賞を果たすには「雄町」を使わなければとまで言われておりました。

 

続きは、また次回・・・